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『グロリア』2回目 [観劇]

ハイリンド第10回公演 ハイリンド×サスペンデッズ 『グロリア』初日@下北沢「劇」小劇場
2010年10月21日19時半開演 C列9番

作・演出:早船 聡(サスペンデッズ)

出演:
和彦/トキ子/一郎/アンディ……多根周作  
沙織/ハマ子/ジェーン……はざまみゆき  
渡辺/憲兵/先生/兄/役場の兵事係……伊藤総  
看護師/女学生/隆志の妹/シゲ子/ナンシー……枝元萌  
植松/女学生/隆志/杉浦/グランド……伊藤農  
看護師/女学生/康平/チャーボー/父/ジョン……佐野陽一  
看護師/女学生/勝良/エリック……佐藤銀平  



ハイリンドはいつも2度観たい!と思わせる作品をやってくれる。
公演期間短いと、初日に観てもそれが叶わず。
ほんと悔しいやら、残念やら(笑)

今回、公演期間が長かったので、念願の2回観劇!
「こっそりリピーター割引」にて(笑)

初日はストーリー追うのにかなり集中。
今回は細かい部分にも注目できて、面白かった!
声と仕草だけで、何役も演じ分ける役者たち。
二度目でもまったく飽きることなく、しっかり観てしまう芝居。

同じ演目を何度が観ると、どこかしら飽きるシーンってある。
それがまったくない、ってすごい、と改めて思った。

シリアスなシーンの間に、いい塩梅に仕込まれてる笑い。
テーマの重さに観客が潰されないための、絶妙な隠し味(まったく隠れてないけど)、スパイスになってる。
っつか、佐野さんのアレ(チャーボー)は反則だし(笑)

笑いはかなりベタ。
でも、笑わされるのは、観てる側も救いを求めてるのかな、と思ったり。
笑いがなければ、本当に演じるのも観ているのもしんどい作品だと思う。
張りつめた糸が一瞬緩むことで、またフラットな気持ちで作品と対峙できてる気がする。

声の部分では。

多根さんの声の変化が面白かった。
ラスト。
手記の最後のページを朗読する和彦。
最初は和彦、そして途中からトキ子になる。
読み終えて手記を閉じた和彦は無言。
でも、表情はトキ子から和彦に戻っている。
(終演後に、そう伝えたら、まったく意識してなかった、とのこと。)


現在の日本、1944年日本、1945年オレゴン、3つの場面。
流れは、1945年→現代→1944年→1945年→現代。

セットはとてもシンプル。
和紙(?)で出来たブラインドが壁にかかり、上げ下げで転換。
後方から浮かび上がるような十字架であったり、窓を模した照明が綺麗。
柱は材木(無垢材)をさらに荒削りしたもの。
長方形の箱が6つ、これは和紙でデコレーションされてる。
それ以外には、ちゃぶ台や車のハンドルになる円形の板(これも和紙でデコレーション)。
全体的に自然素材に拘ったつくり。

和紙は風船爆弾に、無垢材はオレゴンの森に、それぞれ繋がるのかな。

時代と場面が変わる時、バックに時代考証の映像が流れる。
でも、その使い方がうまい。あくまでも映像のみ。
最後に年号と場所が文字で。

1944年は、手前で役者が風船爆弾を作る作業。
なので、映像や文字はあくまでも“資料”として補完のために流れている。
1945年は、舞台上ではセット転換がされている。
つなぎに映像を流し、これからのシーンの説明補助、といったところ。

“生”の感覚を崩すことなく映像を使用している。
これは、うまい。

はざまさんの表情の豊かさ。
ちょっとした感情の揺れが、あふれ出る。
どの役でも、声や動きだけでなく、表情でも伝わってくる様々な感情。

ラスト近く、病院の待合室での沙織。
不安をぶちまける元夫・和彦の顔を見つめながら、涙をいっぱいに溜めた瞳。
驚きと感動が、無言の演技から伝わってくる。
ほんの数時間のうちに変貌した和彦。
少し前まで聞く耳を一切持たなかったのに、自分の気持ちを真っ直ぐにをぶつけてきた。
自分たちに興味がないわけじゃない。
和彦なりに私たちを心配してくれてたんだ、という事実。

あちらが歩み寄れば、こちらも歩み寄る。
人と人との繋がり、関係性って、まるで鏡のよう。

多根さんとはざまさん。
各時代でかかわりあう二人の役者。
和彦と沙織、元夫婦。
トキ子とフミ子、戦時中の女学生。
アンディとジェーン、牧師夫妻。

使命を持ち、真っすぐにそこに向かうはざまさんが演じるそれぞれの役。
自分には使命がないことを自覚し、羨ましく思いながら、惹かれ、時に反発する多根さんの役。
この対照的であり、また惹かれあう、関わりあう、2つの役。
それが作品を通して、1本の芯・核となっているかのよう。


枝元さん演じる、トキ子の母・シゲ子。
夫と息子を同時に亡くした事実を突きつけられる。
戦死通知を受けた、その瞬間の言葉のない、でも全身での演技。
悲しみがあふれだす、やるせなさがにじみ出る。
何も語らないからこそ、強く強く伝わる気持ち。
直前に出征して言った杉浦にかけた「必ず帰ってくるのよ」という言葉。
それは、いま戦地で戦っているはずの夫と長男へ向けた言葉でもあったはず。


トキ子の手記を通して、僅かながら変わっていく和彦。

フミ子を失ったトキ子。
妻・ジェーンと授かったばかりの命を失った牧師アンディ。
それと自分を重ね合わせ、元妻と娘の身を案じて反対している自分に気付く。
でも素直にそれを伝えられない。
怒鳴り、叫ぶことでしか言うことができない。
それでも、自分の気持ちをぶつけることの大切さ。
何も言えず、何も話さず、別れてしまうことの辛さ。
トキ子の手記を読むことで気付き、沙織にその気持ちを不器用ながらも真っ直ぐにぶつけた。

「戦争は嫌だけど、死んで好きな時代に戻れるなら、やっぱりあの頃に戻りたい。」

トキ子がそう綴る真意。
それをずっと考えてる、考え続けている。
平和が一番、でも使命感もなく、人との繋がり、絆も希薄であるよりも。
みんなが使命感に燃え、繋がりを大切にして、精一杯に生きていた時代。
差し引いても、そんな時代がトキ子にとっては“生きている”ってことだったのかもしれない。

トキ子が息を引き取る(であろう)瞬間。
和彦が見た、病室に入っていくトキ子の大切な人たち。
それがトキ子の“救い”だったのかもしれない。


バランスのいい配役。
実力ある演技。
本当に見ごたえのある作品だった。
2度観られて、ほんとによかった。


現代。病院の待合室。入院しているのは和彦の祖母トキ子。和彦の元妻である沙織も見舞いにやってくる。しかし、和彦はすぐに会社に戻るという。取引先が不渡りをだし、借金取りに追われる和彦。裕福な家庭に生まれ、離婚後も一人娘を引き取り、紛争地域に図書館を建てるボランティアに打ち込む沙織。プロジェクトリーダーになった沙織は、来月、娘を連れて紛争地域に行くという。猛反発する和彦。話し合いにならず、物別れする二人。一人、待合室で項垂れる和彦。そこに看護師が現れ、祖母トキ子の手記について聞かされる。入院患者の植松から、トキ子の手記を渡され、それを読み始める和彦。そして、時代は1944年戦時中の日本に。トキ子は和紙で風船爆弾を作っていた。親友のフミ子。母シゲ子、弟勝良、下宿人の杉浦、出征している父と兄、そして勝良が飼っているチャーボー。戦時中ながらも精一杯、必死に生きていた。そして、1945年のオレゴン。赴任してきたばかりの牧師アンディ。布教が上手くいかず、落ち込むアンディに妻ジェーンは励ましの言葉と、新しい命を授かったことを伝える。その日の午後、近所の子どもたちを連れて森へピクニックへ行った7人。アンディはみんなを森で降ろし、車を停めに行っていた。そこで子どもたちが見つけた風船爆弾。その爆発で、一瞬にして消える6つの命。お腹に宿った小さな命を入れれば7つ。悲しみに絶叫するアンディ。そしてそのまま、現代の病院へ。ふとどこからともなく聴こえてくる不思議な賛美歌。会社をたたむことを決意し、心配してかけつけた沙織にそれを伝える。紛争地域に沙織と娘が行くのを反対する理由をぶつける。そして、今度は二人に少しだけ温かい空気が流れ、沙織が帰っていく。そして、手記の続きを読み始める和彦。すると、病室から飛び出してくる看護師。「トキ子さんがっ!」がっくりと肩を落とす和彦。と、そこに手記に描かれていた、トキ子の大切な人たちがやってくる。それを見て、和彦は顔を上げて、病室へと消えていく。
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